071758 ランダム
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★☆自分の木の下☆★

★☆自分の木の下☆★

4.校長による気紛れ企画

                                                                     ≪ララ≫↓
「皆さん、静かにッ!」
 バンっと、丸められたファイルで机を叩く音と、凛と通った声で教室内のざわめきが一瞬にして消える。視線の先の鈴菜は、教壇に立ちながら妙にイライラとした様子で手元のファイルを開いていた。その青いファイルには、でかでかと『生徒会御用達、校長による校長の為の緊急気紛れ報告ファイル』とぶっとく、だが、細細とした文字で書かれている。その文字に気づいた何人かの、勘のいい生徒は、ギクリと体を強張らした。
 鈴菜達生徒会が、時々手に持ってくるこの『生徒会御用達、校長による校長の為の緊急気紛れ報告ファイル』は、この北花高校、何故かいつまでも退職しねぇー伝説ハゲ校長の突飛な性格が生み出す、名前の通り校長が気紛れで考え出した内容を生徒達に知らす為に作られたファイルだ。このファイルの為に何の罪も無い生徒達から続々と犠牲者が出ている。先生も生徒会も嘆き悲しむ悩みの種だ。これを今、正に生徒会一員である鈴菜が取り出したって事は、間違いなく地獄が待っている証拠だ。
 ファイルの存在に気づいてしまった生徒の鎮痛な面持ちに自然と教室内に緊迫した空気が流れ、最後の生徒(茜)がファイルの存在に気づくまでに十秒はかからなかった。
 タイミングを見計らって、鈴菜が教室内をざっと見回してから話す。
「えー。まぁ、手元を見てくれたら解ると思うけど、校長によるお知らせがあります」
 ううー。
 クラス一同による、うめき声。
「前回は、“学院総勢なんてこったい! 筋肉トレーニング”。これは、近頃の若者のもやし体系をプチマッチョに育てるために試した企画ですけど、脱落者、けが人、登校拒否とあまりにもやばい状況にクレーム殺到で三日で断念」
 このクラスで、三日間無事だったのは総司くらいだ。
「前々回は、“マジと書いて本気、やってやるぞボランティア”。少しでも役に立つ若者を増やそうとした企画ですけど、老人ホームへ行けば、何故か食中毒発生でバタバタと老人が倒れてゆき、町の清掃をすれば、いたるところでサボり生徒が続出。近所からのクレーム殺到で二日で断念」
 老人ホームで作るお菓子作りのグループには、椿が入っていた。
「いろいろありすぎるので飛ばして、今回の企画を発表します」
 きたっ! 一斉に身構える。
「といっても、今回は、学校としてあって当然の行事です。去年と少し変わった所がありますけど……」
「変わった所~?」
 茜が椅子の上で体をずらし、足をぶらぶらさせながら相槌を入れた。同時に後ろの椿に「あの校長は全てが変わっているよね」と笑いかけている。それを聞いた総司がにやりと笑った。
「教訓があれじゃ、普通を求めることは無理だろ」
 総司が言いながら、教室の黒板の横に掛け立ててある額縁を顎で指した。つられてクラス中の視線も額縁へと移動する。銀の額縁の周りを、金の蔓が絡まっており、何故か右角に金の裸ん坊の天使がトランペットを吹いている。その額縁の中に赤インクで書かれた三行に渡る達筆。

 死ぬな
 生きるな
 息するな なんちゃって☆

「あー……新一年生は、さぞかしビックリしただろうねー……」
 優雅が眩しそうに目を細めながらしみじみと呟く。きっと自分が始めて目にしたときの感情を思い出しているのだろう。あの、目を擦って、見間違いかと疑った瞬間、驚愕の瞬間を。ついついカメラに収めたあの感情を。
「“なんちゃって☆”だって~。校長先生、何でいちいちこんな物作るかな~?」
 椿が首を傾けてうーん……と、考えている。だが、答えはいたって簡単。ただ“楽しいから”だ。いたずら大好き、幼稚な校長だ。でも、ぷくぷくまん丸顔で、いつも楽しそうな校長はなんだか憎めない。
「ああ、椿さん、自分が耳にした話では、前校長の時は、『死ぬな 怪我するな 病気するな』だったらしいですよ」
 ジローがにこにこ笑いながら言う。それを聞いた茜が今にも話題に飛びつきそうな表情で話しかけようとするが、
「あー、はいはいっ! みなさん話ずれてますよー!」
と、鈴菜が直ぐに口を挟む。茜が一回興奮したら、何が起こるかわからない。普段ならほっとく所だが、何せん今は生徒会活動の途中だ、早く終わらしたい。
「えーと、とにかく、第62回(?)体育大会があります時期的に少し早いですが、校長がいきなりすると言って聞かないので」
「たーいーいーくーたーいーかーいー? やー! 私ゴールデンウイーク思ったより稼げなかったから、これからのアルバイトの為に体力保存しときたいのにー!」
 茜の顔が歪む。もともと総司がアルバイト先に来なければ……と、恨めしそうな顔で睨んだ隣では、総司もだるーとか言って溜め息を付いている。茜の食い殺しそうな視線は完璧無視。
「そう言うと思ったので、ちゃんと優勝者には、懸賞品贈呈という設定にしときました」
 懸賞品、と言う単語に一瞬反応する茜だが、不満そうに唇を尖らす。
「そんな事言って、去年がんばったら、貰ったの、校長先生のサイン色紙だったじゃんー! いらないにも程があるよ、もう騙されないからね!」
 そうだそうだー!と、去年茜と同じクラスだった、色紙を贈呈された生徒がぶーぶー文句を言う。
「あれは私もむかついたから、私がこっそり、ちょちょっと書類をいじくっときました。会長にも、先生達にも絶対バレない自信はあります。今年は、優勝クラスには“何でも券”。個人で選ばれた人には、米俵」
 それでいいのか? 生徒会。
だが、その効果は絶大なようだ。やる気なさげなムードが一気に盛り上がる。茜は盛んに、米俵を連呼して喜び、なんでも券に、総司は小悪魔的に笑う。なんでも券=なんでも頼める券。例えばテストを無くせとかも有りな筈。椿はにこにこと笑い、浩也は昨日の地震で破壊された茶室を新しくできないかな……などと呟き、優雅は心の中で体育大会でしか撮れないであろう、いろいろな萌え写真を想像していた。
「それと、安全も確保できるよう設定する為に、今から紙を配るので、それに一人一人連名していって下さい。いざとなったら訴えられるように」
 それはいい、と、生徒達は次々に紙に名前を書いて行く。最後の一人が書き終わると、鈴菜はそれをきっちり『生徒会御用達、校長による、校長の為の緊急気紛れ報告ファイル』に閉じた。
「それで、種目は何があるかと言うとー……」
 ごそごそとまた違うプリントを取り出す鈴菜。
「走る玉入れ、二人三脚パン食い競争、超難問借り物競争、妙な障害物リレー、なぞなぞ……」
 なぞなぞ?
 これだけで、かなり不思議な感じだが、鈴菜は一旦言葉を切り、苦い顔で続きを読み上げた。
「……あとは、シェフ校長による、ヘルシー(hell《地獄》 see《見る》)を追求したお任せメニュー、キッチンパニックレース(卵運び)から始まり、カツラの煮込み添え(カツラ取り騎馬戦)その他もろもろです」
 hell see《地獄 見る》と言った?
固まる生徒達。ふと気づいて、浩也が手を上げる。
「その、体育大会はいつやるのですか?」
「明日です」
 
「ちょっとまてー?!」
 
 クラス中の声が揃った。だが、鈴菜は、淡々と話していく。
「今日はみんな息ぴったりなのでそのまま、明日も行って下さい。なづけて、『第62回(?)目指せ心の金メダル、俺の屍を超えて行け体育大会、ポロリ涙あり』です! 怪我とかしても、学校側は責任を取れませんので。それはさっきの連名に書かれている事だから、もうサイン済みです。さぁ、今からジャージに着替えて練習です!!」


それって詐欺じゃない? 
                                                                     ≪ララ≫↑
                                                                     ≪イチ≫↓
「ねぇ椿」
「なに? 茜ちゃん」
「普通、体育大会ってのはさ。日頃、勉学に勤しむあたし達の気分転換でもあり、己の体力を出し切りながらクラスの団結・友情を深めるためにあるものだと あたしは思うのよ」
「そうだねぇ」
「そう……決して在校生全員がこんな風になるために作られた行事じゃないとあたしは信じたい」
「そりゃぁ、コレをみたら誰でも思うよ」
  
 北花高校のグラウンドは、悲惨な戦場跡と化していた。

                                                                    
 事の発端は二時間前───
 鈴菜にすっかりぽんと騙された哀れな2-E全員が、体操服に着替えてグラウンドにやってきた。みんなの表情は、人それぞれだが嬉しそうな人は見る限り皆無だ。なかには何やら妖しげな呪文を唱えている人もいる。
 その中でも一際落ち込んでいるのは優雅である。
「ゲンキないね 優ちゃん。」
 椿が心配そうに優雅に話しかける。
「いつもなら意気揚々と『体操服萌えーっ!!』とか言って写真撮りまくるハズなのに」
 今の優雅は意気揚々ではなく意気消沈している。
「そりゃ僕だって さっきまでは『イエ~! 体操服じゃん♪これぞ学校イベントの極み! 最高行事!! ありがとツルピカ……イヤ、校長! これは僕への贈り物なんですね。よぉ~し撮るぞ盗るぞ撮りまくるぞ~っっ!!!』気分だったんだよ。」
「ん? ちょっと今、何かおかしくなかった??」
 ふと優雅の台詞に違和感を感じて茜はたずねた。
「多分、気のせいだろ?」
 総司が軽く受け流す。その間にも、優雅のマシンガントークは続いている。
「でもね椿ちゃん。僕はある重大な事を忘れていたんだ!」
 大好きな椿の顔も見ずに言い続けるのだから、よっぽどのことなのだろう。つい他のメンバーも神妙な面持ちで優雅の言葉に耳を向ける。
 その中で椿が尋ねた。
「重大な事って?」
 声を抑え、ひそひそ声で囁き合っているのを、ハタから見れば何て可愛らしいカップルと思うが如何せん、その人物がBlacklistのメンバーなだけに「一体どんな空恐ろしい事を計画しているんだ!?」と思われてしまう。
「北花高校は……」
「「「「「北花高校は?」」」」」
 優雅の勿体ぶった言い方に一同、我知らず唾を飲み込んで聞き返す。
「北花高校は!ブルマーじゃなかったんだぁあああぁぁぁぁぁあっ!!!」
 握り拳を振り上げて優雅は大声で叫んだ。その優雅のイキナリの発言にその場にいた女子全員が固まる。一方の男子は反対に、優雅に激しく同意していた。
「そう。体育と言えばブルマーだろう。てかブルマーが常だった。そうして時々ブルマーの先から、ちょこっとパンツが見えたりなんかしちゃったりして『いやん はみパン』とかって可愛い女子が仲良く戯れている様子! そこが素晴らしい萌え度だったのに!! それなのにも関わらず現代の女子の体操服といったらなんなんだい? どこもかしこもハーフパンツ。北花高校もハーフパンツ。ハーフパンツを履く人のことをハーフパンチスト!!」
「えっそうなの!?」
 優雅の言葉に茜が思わず、聞き返す。
「イヤ、どー考えても嘘だろ。」
 ボソッと総司が誰に言うでもなく呟く。
「訊いたことないですしね。知ってました? 鈴菜さん。ハーフパンツを履く人のことをハーフパンチストっていうの。」
「あら初耳ね。」
 総司の言葉を受け継いでジローが鈴菜に尋ねると、さらりとした答えが返ってきた。
「今までの言い分をまとめると、つまり優雅は体操服姿の椿たちを撮りたいんじゃなくて ブルマーを履きつつ少しはみパンしている姿を撮りたかったわけね。」
「そうなんだよ鈴菜しゃん! 僕の気持ち分かってくれた!?」
 思い切り鈴菜の言葉に同意しながら優雅は振り向く。
「ふ~ん……そうなんだ。」
 不意に固まっていた椿が呟いた。と共に場の空気が一気にマイナス30度まで下がったのが、にぶちんの茜でも分かった。
「つ……椿ちゃん……?」
 青ざめながら優雅が椿の名前を呼ぶ。
「なぁに? 優ちゃん」
 反対に椿は笑顔だ。普段ならこの笑顔は大変可愛らしいのだが状況が状況なだけに今は甚だ恐ろしい。
                                                                     ≪イチ≫↑
                                                                     ≪千鶴≫↓
 妙に可愛らしくも、何かを企んでいる椿の笑顔がみんなの心に残る中、ついにやってきてしまった。
 その名も『第62回(?)目指せ心の金メダル、俺の屍を超えて行け体育大会、ポロリ涙あり』。
 ネーミングだけでも、何じゃそりゃぁ?! と、思ってしまう体育大会。そして、その発端の北花高校はものすごいことになっていた。
 お祭り騒ぎのような飾り付け。意味もないのに校門の両隣には門松。運動場の周り全てにはカボチャをくり抜いた置物が並び、学校の木という木には電気を巻き付けたイルミネーション(昼だからあまり分からない=意味なし)、と使用済みの靴下がぶら下がり、しかも何を間違ったのか短冊までも付けてある。内容は、『もう少し痩せますように☆By校長』『髪の毛がふっさふさになりますように♪By校長』『マッチョになって、もてますように! By校長』などだ……。極めつけは体育祭にも関わらず、校庭のど真ん中にある太鼓。盆踊りかっ! とでも言いたくなってくる。
 それはまるで、正月や七夕、ハローウィン、そしてクリスマスなどのお祭り行事が一度に集まったかのような、ごっちゃまぜの状態だった。
 そして、一番すごいのが生徒達の様子だった。普通なら元気いっぱいな気迫に満ちた顔をしているハズの生徒達。なのに、ある生徒は血走った目で殺る気に満ちているし、ある者はオカルトを思わせるかのような真っ黒の服に身を包み、何ともいえない人形を持ち、ぶつぶつ呪文を唱えている。しかし、そんな中で、どの生徒達より目立つのは茜達のクラス、2年E組だった。ボロボロの体操服、目の下にはクマ、まだ開会式も始まっていないというのに肩でゼーハーゼーハーと息をして、疲れきっていた。いったい何があったというんだ?というような目で周りの生徒達は見ていた。

「なぁ優雅……昨日いったい何があったんだ?」
 もうすぐ開会式が始まるということで、全校生徒はそれぞれ並んで待機していた。そんな中、ちゃんと列に並ぶはずのない総司は、昨日のことが気になり、優雅の元へとやって来たのだった。
「あっ、ソレあたしも気になってた!」
 同じく列に並ばない茜も気になっていたのか、この話に食い付いてきた。
 そう………椿は、あの後、極上の笑みを浮かべたと思った途端、何故か顔を隠して泣き出してしまったのだ。それに慌てたのは他でもない優雅で、狼狽えながらも椿を何とか泣きやませようとし、彼女を連れてどこかへ行ってしまった。しばらくして、二人は戻って来たのだが、状況は反対になっていた。泣いていたハズの椿は最高の笑顔だし、優雅は世界が終わるかのような顔で戻ってきたのだった。
「確かに、何かがあったとしか考えられないものね。椿、今でもすごい笑顔よ?」
 鈴菜はチラッと後ろに並んでいる椿に視線を変えて言った。普段なら椿も此方に来るはずなのに今は何故か大人しく列に並んでいる。
「椿さん、お花が飛びそうな笑顔ですね……。普通に見ていたら可愛いんですけど、あの笑顔には何かがありそうな感じがして……」
 ゾクッと肩を震わせ、ジローは小さく呟く。何故か、ジローの服装は体操服ではなく、じんべいだ……。流石、制服を着ずに和服で校内を歩き回るだけある……。
 が、優雅は何も言わず、肩を落としたままだった。
 そんなとき、茜はふと、違和感に気付いた。
「あれっ? ねぇ、優雅……。いつも首からぶら下げてるカメラはどうしたの??いくら、この学校がブルマーじゃないっていっても写真を撮らないわけないでしょ?」
 その声に優雅はピクッと反応した。ゆっくりと顔を上げ、ガバッと茜の肩を掴む。
「うわっ?! な、何っ!!」
「聞いてくれるっ?! 幼稚園、小学校、中学校、高校と椿ちゃんと一緒にいるドジでマヌケな茜っ!!」
「へっ、う、うん…………。ってゆーか、アンタ今、さりげなくあたしを貶さなかった?!」
「あれは……そう、昨日……椿ちゃんを泣きやませようとして二人で校内に入ったときだった……」
 優雅は、空を仰いで話し始めた。昨日起きた悲劇を……。
「おい、こら……無視かいな………」
 茜の呟きは優雅の耳に入らなかったそうな…………。




「つ、椿ちゃん、ねっ、ねっ? 泣かないでよ? ほらっ、可愛い顔が台無しだよ?」
 顔を隠してシクシク泣く椿に対して優雅はオロオロとし、なんとか言葉を探していた。
 校内はシンッと静まり返り、誰もいないようだ。恐らく、どの生徒も外に出て『第62回(?)目指せ心の金メダル、俺の屍を超えて行け体育大会、ポロリ涙あり』の練習でもしているんだろう。
 優雅は頼れる人もなく、どうしようかと頭を抱え込んだ。一番のお気に入りの椿に泣かれると良心がチクチクと痛む。いや、それだけならいいが、もし、泣きやんだ後、椿から『優ちゃんなんか大嫌い!』などと言われてしまったらどうなってしまうだろう?! きっと自分は立ち直れなくなってしまう。
「あ~、ねっ、椿ちゃん? 僕が悪かったよ!! もう椿ちゃんの前で女の子のブルマー話とかしないからさっ! 何でもするから泣きやんで? んでもって嫌わないで? ねっ?」
 その言葉に、ピクッと椿の肩は動いた。顔を隠しながら椿は小さく言う。
「今の言葉……本当?」
「えっ?」
「あんなこと言わないって………それに、何でもするって……」
 それを聞いて優雅はコクコクと頷いた。
「勿論だよ! もうあんな無神経なこと言わないよ! 椿ちゃんが泣きやむなら何でもするよ!!」
 力強く言う優雅の言葉に椿はゆっくりと顔を上げた。その顔は目に涙が浮かび、上目遣いでかなり可愛らしかった。こう、何て言うかギュッと抱きしめたくなるような感じで……。そんな衝動に駆られつつも優雅はグッと堪えた。
「優ちゃん、嘘……つかない?」
「嘘なんかつかないよっ!」
 ニヤリと椿の口元が微笑んだのを優雅は知らない。
「絶対?」
「絶対っ!!」
「約束してくれる?」
「約束するっ!」
 はたから見たら、熱々カップルの痴話ゲンカだ……。
「他の女の子に目移りとかしない?」
「しない! 絶対にしないよっ!」
「それじゃぁ、明日の『第62回(?)目指せ心の金メダル、俺の屍を超えて行け体育大会、ポロリ涙あり』で女の子の写真撮らない? ってゆーか、カメラ持ってこない?」
「うん、持ってこないよっ! 女の子の写真も撮らな…………えっ?」
 サァーッと優雅の顔から血の気が引いていくのが分かった。自分の言った言葉を確認しなくても、椿の顔を見たら分かる。もう椿は泣いてなどいなく、満弁の笑みを浮かべている。
「優ちゃんは嘘、つかないもんネ☆」
「えっ、あっ、つ、椿ちゃ……」
「約束だもんネ☆」
「うっ、えっ、あっ…………」
「明日カメラ持ってこないんなら、このカメラもいらないね?それじゃぁコレは私が預かっておくから♪」
 そう言うなり、椿は優雅の首にぶら下がっていたカメラをヒョイッと取り上げた。優雅が抵抗する間もなく、あっという間だった。
「つ、椿ちゃんっ!カメラはっ!……」
 慌てて優雅が講義しようと口を開いたとき、ピタッと椿の行動は止まった。一端、下を向き、それからゆっくりと顔を上げる。
「なぁに? 優ちゃん??」
 笑っている。天使の微笑みだ。が、黒い。黒い微笑みだ。その笑顔に優雅は何も言えなくなってしまった。
「…………何でも…………アリマセン…………」
「?そっか。それじゃ、そろそろ戻ろっか♪練習しないとネ♪」
 最高の笑みで椿はみんなの元へと戻って行った。優雅はそんな椿を見て、ガックリと肩を落としたのだった。
 椿の右手に目薬があったことを、優雅は知らない…………。
「と、いう訳だよ………。椿ちゃんに僕のカメラを取り上げられちゃって………今日は萌についても語れないし………ハァッ………」
 気分はどん底、暗いオーラが漂っている優雅の話しを聞き、茜達は言葉が出て来なかった。皆、顔を見合わせ、そぉっと後ろで大人しく並んでいる椿に目をやる。その視線に気付いた椿は、これまたニッコリ笑顔。オマケに此方に向かって手まで振っている。今度はジローだけでなく、茜、総司、鈴菜にも悪寒が走った。
「たぶん………椿の行動……確信犯だよ………」
 茜は震える声で言った。
「そうね、椿の行動を分析しても間違いないと思うわ……」
 冷や汗を垂らしながら鈴菜はブルッと両肩を押さえる。
「椿さんはこうなることを予測して…………全部、計画的に……」
 ジローも少なからず、視線を合わせなかった。
「お、おい。いくら何でも姫がそこまでするハズ…………あるっか」
 いつも椿の方を持つ総司も、今回ばかりはどうすることもできなかった。


 と、そのとき! みんなが異様な雰囲気に呑まれる中、急に陽気な音楽が流れてきた。一気に先生達が朝礼台の周りに一列に並び、ファンファーレの曲を歌い出す。そう、歌い出すのだ。この、陽気な曲は放送などではなく、先生達が口で歌っているのだ。
 茜達がそんな先生達に注目しようと前を向いたとき、ふと、影ができた。空が曇ったのかと上を向いて、さらにビックリ!なんと、飛行船が浮いており、周りでは花火が上がり出した。飛行船からは何か煙がモクモクと出てき、梯子が朝礼台の所まで下りてくる。

 あぁ、あの人だ………。

 生徒達の心の声は一つになった。
 妙な羽の飾りを頭につけ、サングラス、アロハシャツ、タンパン。そんな姿で梯子から下りてくるのは間違いようもない、この、北花高校の校長先生。
 校長が地面に足をつけるのと同時に、スモッグが辺りに漂い出した。そのスモッグの量の半端じゃないこと……。生徒達、及び先生達もゴホゴホと咳き込み、涙目になっている。先生達もココまでするとは、聞いていなかったようだ。
 と、口で歌うファンファーレよりも高い声が耳に届いた。何かとその声のする方をみると、笛の音。そして、若いお姉さん達。なんと、サンバの衣装を着た外国人のお姉様達が、我らの校長と共に踊っているではないか……。
 あり得ない……あり得ない光景に皆、あ然とする。
 踊り終わった校長は、キスマークの付いた頬で嬉しそうに笑いながらマイクを持ち、言った。
「と、いう訳で『第62回(?)目指せ心の金メダル、俺の屍を超えて行け体育大会、ポロリ涙あり』を開催する!!」


 何が『と、いう訳で』なんだ――――!!


 生徒&先生達の声がこだまする中、『第62回(?)目指せ心の金メダル、俺の屍を超えて行け体育大会、ポロリ涙あり』は始まろうとしていた。
                                                                     ≪千鶴≫↑


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